シンジの無意識の承認欲求とミサトのココロの内に秘めた怒り


エヴァンゲリヲン新劇場版:序より


命令を無視して使途に勝ったシンジだけど、命令無視だからねぇ。
怒られないわけがないよね。

 

 

誰からも必要とされないのは、耐えがたいこと


ミサト 

「どうして私の命令を無視したの?」

シンジ 
「すいません」

ミサト 
「あなたの作戦責任者は私でしょ、あなたは私の命令に従う義務があるの、分かるわね?」

シンジ 
「はい」

ミサト 
「今後、こういうことのないように」

シンジ 
「はい」

ミサト 
「あんた本当に分かってんでしょうね!」

シンジ 
「えぇ分かってますよ、ミサトさん、もういいじゃないですか、勝ったんだから。言われれば乗りますよ、乗ればいいんでしょ」

ミサトは怒りでシンジをぶつかと思いきや 
ミサト 
「もういいわ、先に帰って休んでなさい」

シンジは何も言わずに立ち去り、ひとり残ったミサトは、自分の頬を自分でビンタする。

 

ミサトの命令を無視して使途に勝ったシンジだけど、心の行き場はどこにもない。ミサトの問いにも淡々と答えるだけだ。シンジにしてみれば、心の行き場どころか自分の居場所さえ、どこに行けばいいのか分からない。

 

今いる場所から逃げ出したところで、自分自身は誰にも必要とされないし、父親からも捨てられたと感じてしまうのは耐え難いことだ。人にとって誰からも必要とされていない、と感じることは生きる意味さえ見出せないから。


だったら感じないように淡々としてここにいた方が、エヴァに乗って使徒と戦うことで、少なくとも自分の居場所だと感じることが出来るのかもしれない。

 

厳密にいえば、自分の居場所だと感じるというよりは、無意識の父親に認められたいという承認欲求がここに留まっている理由だろう。

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無意識の承認欲求は、ココロで感じることさえやめてしまう 

 

そんなココロをしっかり感じて、意識に上げることが出来れば納得出来るんだけど、人っていうのはなかなかそれが出来ない。

 

認められたいから今はこれでいいと思えるのは、現実には今はまだ認められていない、ということを自分の意識で分かって納得してることに他ならない。


自分自身が誰にも必要とされない、誰にも認めてもらえない、と感じるのは、頭で考えると耐えられないことだから、思考はココロを感じることから逃げる。

 

無意識の内に頭で考えて納得するような答えを導き出し、無意識の内に感じることから逃げるんだ。

 

心というのは、感じて感じて感じきってしまえば、感じることでお腹がいっぱいになって満足するんだけど。それは感じきってみなければ分からない。

 

分からないことに対して、人は無意識で恐怖を感じてしまうから、無意識で感じることから逃げてしまう。

 

シンジは分かりやすい。どこにも行けない心を受け入れることも出来ず、頭で考えても納得出来る答えもなく、ココロを感じないようにして 頭で考えることも放棄して淡々とするしかなかった。無意識でそれを選択しているが、承認欲求はなくならない。

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ミサトはミサトで、うちに秘める怒りを抱えている

 

そしてミサト。そりゃあ作戦責任者だからね、シンジに対して怒るよね。ミサトの中にも怒りがある。シンジが命令に従わなかったことに対しての怒りはもちろんだけど、それ以外の怒りもね。

 

ミサトは始めから、シンジに自分を重ねているところがあるし、シンジの心を解きほぐそうとしたから、一緒に住むことにしたわけだ。ミサトはシンジの母親的役割、という見方もあるけど、ミサトはミサトでいろいろ抱えているものがあるってこと。

 

ミサトはシンジに対しての怒りより、自分自身に対しての怒りの方が大きかったんだろう。シンジを救おうとしたのに、シンジは逆に心を放棄してしまった。自分がどうにかしてあげようと思っていたのに、何も出来なかった。一緒に住んでいるのに、何も分かっていなかった。etc


シンジを殴るより自分自身に腹が立って、自分で自分の頬をビンタしたんだ。 

 

ミサトがどこまで自分の心の中を認識しているかは分からないけど、感覚では分かってるんだ。どこかで分かってるから、自分で自分をビンタした。

 

これ、全く分かっていなかったら、自分をビンタすることはないだろうし、シンジし対して怒り爆発になって、シンジのことを殴ってさえいるかもしれない。いかにも命令を聞かなかった、という正当な理由でね。

 

人の心は複雑だ。心が複雑だというより、心は感じていても思考が入ってくることによって、心で感じていることか、思考で感じていると思ってしまっているのか、見分けがつきにくい。


特に頭で考えて思考をめぐらすことに慣れてしまうと、頭で感じていると思っていることが、心で感じている感情だと思い込むのは簡単だ。

 

生活して社会生活を営む上では、心で感じるより頭で感じていると思った方が、傷付きにくいのは確かだが、ココロの奥に満足できない何かをため込むことになるかもしれない。

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