行き場がなく彷徨うシンジは、劇場版Qをも連想させる

 

エヴァンゲリヲン新劇場版:序より


ミサトの命令を無視して使徒を倒した後、魂が抜けたようなシンジは、電車に乗り続ける。家出だ。心が彷徨ってるのと同じように、体も彷徨い続ける。どれだけ彷徨い続けようが、シンジには逃れる場所がない。セキュリティの包囲網は半端がない。

 

 

心も体も彷徨って、行きつくところは元の場所

 

ついにシンジもあきらめる。
「いいですよ もう、ミサトさんのところに連れて行ってください」

ネルフに戻ったシンジに
ミサト 
「歩き回って気が済んだ? 碇シンジ君」

シンジ 
「別に どうでもよくなりました、なにもかも・・もうボクに自由なんてないんだ。どうせボクはエヴァに乗るしかないんですよね。そのためだけに父さんに呼ばれたんだから。いいですよ、乗りますよ。それでみんながいいんだったらボクは乗りますよ」

ミサト 
「みんなって・・・あなたはどうなの?」

シンジ 
「ボクには無理だってこと 分かってるんですよ。みんなも分かってるんだきっと、それでもケガしている綾波やミサトさんや父さんが・・」

ミサト 
「いいかげんにしなさい!!! 人のことなんか関係ないでしょ!エヴァのパイロットを続けるかどうか あなた自身が決めなさい!イヤならここを出て行ってもいい。すべてあなたの自由よ。スキにすればいいわ」

それだけ言ってミサトは出て行ってしまう。

 

逃げたくても逃げられない。逃げればいいと思っても、逃げたからといって何かが解決するわけでもなく、心も軽くなるわけではない。

 

そりゃエヴァには乗らなくていいけど、シンジ自身は誰にも認められないし、誰にも必要とされてないと思ってるんだから、逃げたところで耐えられないことに変わりはない。

 

自分がこの世に存在する意味がな~んにも分からない。でも逃げたい。ジレンマだね、シンジに出来ることは家出だけだったんだろう。

 

家出したところで、セキュリティはどこまでもついてくる。シンジとしては、どうせ逃げられないと思ってしまう。

 

自分からエヴァに乗るって言ったけど、心が動いて乗るって言っちゃったのは最初だけだし。乗りはしたけど、そのあと心が納得できていないままだ。

 

学校に行けばトウジに殴られてしまうし、何もかもが腑に落とせないままだ。

 

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自分自身で決めていないと、言い訳ばかりしたくなる

 

ネルフに戻ったシンジに、ミサトは「歩き回って気が済んだ?」と聞くけど、シンジの気が済むわけもない。だって落としどころがどこにもないんだし、心は彷徨っているままだ。

 

「別に、どうでもよくなりました。なにもかも・・・もうボクに自由なんてないんだ。どうせボクはエヴァに乗るしかないんですよね。そのためだけに父さんに呼ばれたんだから。いいですよ、乗りますよ。それでみんながいいんだったらボクは乗りますよ」このセリフは シンジの心そのままなんだろうと思う。

 

ミサトに「みんなって・・・あなたはどうなの?」と聞かれたシンジは

 

「ボクには無理だってこと 分かってるんですよ。みんなも分かってるんだ、きっと。それでもケガしている綾波やミサトさんや父さんが・・」って答えるシンジ。


心の行き場もないし、心で腑に落とすことも出来ないから、頭で色々考える。自分には無理だと思ってるってのは、本当はイヤだってことい他ならない。

 

みんなも分かってるんだと思うのも、自分には価値がないと思ってるから、みんなもそうだと思ってる。


それでもケガしている綾波やミサトさんや父さんが・・・と言いたくなる。ちゃんと自分で決めてないと、人のせいにしたくなる。
    

自分でちゃんと決めていないと、言い訳をしたくなる。これはシンジに限ったことではない。親に言われたからこうしたのにとか、みんなそうしてるからそうしたのに、とか言いたくなるんだ。


これは頭で考えて決めているってことだ。頭で考えて、親もああ言ってるしそうした方がいいんだろうな、みんなそうしているからその方がいいんだろうな、とかね。

 

頭で考えて納得してるんだ。頭で納得しているだけで心は納得していない。気に入らなければ後から言い訳をしたくなる。


頭で考えて決めても、自分で決めたことに変わりはないんだけど、心が納得していないと責任も取りたくないし、言い訳したくなる。

 

自分の心に従って決めると、言い訳できないのもわかるし、自分で責任取らなきゃいけないのも分かるから。

 

期待とあきらめの心理:親と子の関係をめぐる教育臨床