綾波レイの変化と思いもよらない行動、アスカのかたくなな存在意義

 

エヴァンゲリヲン新劇場版:破より


3号機起動実験の日が、レイの企画した食事会の日になった。
アスカは携帯を見ながら
「3号機の起動実験の日ってえこひいきの約束の日じゃない」とアスカがつぶやく。

 

アスカは、レイはえこひいきされていると思っている。アスカはちょっと考え込んで、3号機の起動実験は自分が乗ることにする。

アスカが起動実験の準備をしているときのリツコとレイ、このシーンにはマヤもいる。
 

 

レイの変化は周りの目から見てもわかるようになり、アスカの心は存在意義との狭間で揺れる


リツコ 
「そう、アスカに決定ね。ええ私は最後の便で まつしろに向かうわ。あとはお願いね、マヤ」

マヤ  
「ハイ、先輩」
ここでレイがリツコに声をかける。

レイ  
「あの・・・赤木博士・・・」

リツコ 
「ん?」

レイ  
「2番目の子に 伝えたいことが・・・」

レイがアスカに自分からコンタクトとろうとするなんて、ちょっと驚きだ。
そしてリツコがアスカに電話をかけてくれる。
留守番電話だったけど、起動実験の前にそれを聞く。

リツコ 
「ハイ、レイ 話していいわよ」

アスカ 
「・・・・・・・・・・チッ」聞いてるのに相手が何も言わないから、アスカはそれだけでイライラするして、電話を切ろうとしたときに

レイ  
「ありがとう」

アスカ 
「アッ・・・」 
ここでちょっと微笑むんだけど、すぐに

アスカ 
「フン バッカじゃないの。あたしがEVAに乗りたいだけなのに」

そしてミサトに、3号機「私が気にいったら赤く塗り替えてね」と言う。

 

レイがアスカに、自分から”ありがとう”なんて考えられないような変化だ。

 

自分が企画した食事会の日だったから、アスカが起動実験で3号機に乗ってくれた。それがレイにとっては本当に嬉しかったんだろう。

 

ココロが何かを感じると、自分で意識していようが意識してなかろうが何かが動く。考える前に行動に変化が起きる。

 

レイもアスカに対して、気を使ってくれて嬉しいとか、起動実験で3号機に乗ってくれた、からとか考えて電話したわけじゃないだろう。

 

ただ嬉しかったから、お礼の”ありがとう”が言いたかった。

 

アスカも嬉しかったから、レイに”ありがとう”と言われたときに、ちょっと微笑んでしまう。

 

でもすぐに
「フン、バッカじゃないの、あたしがEVAに乗りたいだけなのに」と言う。

 

はたから見たら素直に喜べばいいと思っても、アスカにとっては、なんでもひとりで出来ることが存在意義になっているし、その存在意義が揺らぐことは無意識に恐怖がある。

 

レイは自分で認識していなっくても、周りのみんなから見れば「レイって最近変わったわね」と見られるし、アスカは今まで1人でやってきたけど、みんなに頼ったり頼られたりするのも悪くないと、どこかで気づいている。

 

それは、1人だけで頑張らなくても受け入れてくれる人がいるってことだけど、そういう経験したことないアスカにとっては、心地いいし嬉しい。本当はそんなふうにしたいのかもしれない。

 

でもまた、もし受け入れてもらえなかったら・・・・・こう思ったら怖いし素直には喜べない。

 

また受け入れてもらえないで、傷ついて悲しい思いをするくらいなら、はじめからそんなことに期待しない方がいい。

 

だからフッと微笑んだりしても、すぐに元の自分に戻ろうとする。

 

努力して頑張ったことは目に見える成果になるし、どれだけやったかということも時間という長さで計れる。

 

それは自分にとって”これだけやったんだから大丈夫”という自信に繋がるし存在意義にもなる。

 

でもアスカは、自分ひとりじゃ何も出来ないこともあると、この前の使徒殲滅の時に体験して知ってしまった。

 

今まで1人でやってきたことが1人では出来なかった、

 

そんな体験をしてしまったからこそ、”これだけやったんだから大丈夫”といいう今までの自信も崩れそうになる。

 

その自信を取り戻すためにも、起動実験の3号機に乗ることにしたのかもしれない。もちろんレイのこともあると思うけど、ココロは揺れる。

 

なんでもひとりで出来なければ人に認めてもらえない、と思っている自分と、出来なくてもみんなに受け入れてもらいたい、という自分。  

 

どちらも自分だ。他の誰でもない自分だ、自分で自分を認められればいいんだけど・・・これがなかなか難しい。

 

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アスカに限らず、自分自身のどんな感情も素直に認めることは、なかなか出来ないのが常だ

 

自分の感情を知っていて、嬉しい、楽しい、怒り、ねたみ等、どんな感情も自分自身だと受け入れることが出来れば、心を素直に感じることを知ってるといえるだろう。

 

嬉しいことはいいことだからOK、怒りは良くないことだからダメ、とかジャッジしないことがポイントになる。

 

怒りは良くないことだからダメ、といくら思ってたって感情はコントロール出来ないから。

 

たとえば道を歩いていて誰かがいきなりぶつかってきたら、考える間もなく”チッなんだよ!”と思ったりする。

 

考える間もなく”チッなんだよ!” と思ってしまうんだからコントロールのしようがない。

 

怒るのはダメいくら思ってたところで、瞬間に”チッ”となるのはどうしようもない。頭でダメと思おうが、良くないと思おうが、それはあきらかに自分自身だ。

 

良いと思える感情も、悪いと思える感情も、全て自分自身。良いと思っていることも、悪いと思っていることも、それさえも、自分自身が良いか悪いかの判断をしてるってことになる。

 

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