シンジの揺れ動く心、カヲルが差し伸べる手

 

エヴァンゲリヲン新劇場版:Qより

 

シンジの部屋でのカヲルとの会話

 

信じたくても信じられない心の葛藤


シンジ
「イヤだっ
エヴァなんか もう乗りたくない!
綾波を助けてなかったんだ
エヴァに乗ったて いいことなんかなかったんだ!
もうイヤだ!何もしたくない!」

カヲル
「そうしてー
つらい感情の記憶ばかりをリフレインさせても いい事は何も生まれない」

シンジ
「いい事なんかないよっ!
渚君が見せたんじゃないか
あの真っ赤な どうしようもない世界を」

カヲル
「エヴァで変わったこと事は エヴァで再び変えてしまえばいい」

シンジ
「そんな事 言ったって
エヴァも父さんもミサトさんも
何もかも信じられないよっ!」

カヲル
「でも 僕は信じてほしい」

シンジ
「出来ないよっ!!
ミサトさんたちが 僕に これを着けたんだ
もうエヴァに乗るなって 乗ったら死ぬって脅されて
もう エヴァなんかどうでもいいんだ」

ここでカヲルがチョーカーを付け替える

カヲルにも
「今の君に必要な事は 何よりも希望 そして しょく罪と心の余裕だからね」
と言われる。

 

シンジにとって何も信じられないのは当たり前のことだ。

 

ゲンドウやミサトの言っていることはまるで真逆で どちらがよいかさえ判断も出来ない。

 

自分の事さえ、綾波を助けたと思ったのに助けていなかったという事実は、衝撃的で信じられなくて当たり前だ。

 

そんな状態でカヲルに
「でも 僕は信じてほしい」と言われても、そう簡単に信じられるわけがない。

 

そして
「そうしてー つらい感情の記憶ばかりをリフレインさせても いい事は何も生まれない」と言われてしまう。

 

たとえいい事は何も生まれないとわかっていても そう簡単に気持ちを切り替えられるわけもなく、エヴァに乗って死んでもいいやとも思えない。

 

シンジはしんどくても つらい感情の中でグルグルと回るしかなく希望も何もない。

 

希望の心理―自分を生かす (1983年) (ラポール双書)

 

カヲルがチョーカーを付け替えたことによる心の変化とシンジの選択

 

カヲルがチョーカーを付け替えて
「今の君に必要な事は 何よりも希望 そして しょく罪と心の余裕だからね」
と言われたとき、シンジの心の重荷が少し軽くなる。

 

自分が付けられていたチョーカーを カヲルが自分に付け替えたことはシンジにとって衝撃で、カヲルを信じるキッカケになる。

 

何もしなければ今の現状が変わることもないが 心は苦しいままだ。何もしないという選択肢もあるが、それはあまりにもしんどいから。

 

カヲルの言うように 人は希望がないと生きていくのが辛くなる。

 

絶望にさいなまれて何もしたくないと思っても、結局は何もしないという選択をしていることになる。

 

人は無意識のうちにいろいろな選択をしている。

 

無意識ではなく顕在意識で選択をしたときは その選択の結果 たとえ思わしくない事態になっても 自分が選択をした認識があれば、しょうがないと思えたり、何がいけなかったんだろうと反省したり 改善点を見つけることも出来る。

 

自分の選択に自分自身で責任をとることが出来る。

 

ところが 無意識のうちに選択をしていっると、良い結果になればいいが 思わしくない結果になった場合、人のせいにしたり、ナゼ自分がこんな思いをしなければならないのかと 被害者意識に陥ることもある。

 

どんな人にも無意識があり 知らず知らずのうちに選択していることがある。

 

それはどちらがいいとか悪いとかではなく、その時はそれしかできなかったと思うしか納得できる方法はない。

 

納得できなければ「運命」と思うしか方法はないだろう。

 

シンジはもちろんそんなことは認識していない。

 

藁をもすがる気持ちだろうし 心の余裕もない。

 

どん底のシンジに手を差し伸べたカヲルは シンジにとっては救世主に見えたのかもしれない。

 

グラッサー博士の選択理論―幸せな人間関係を築くために